「社会人は大変だ」という大人は信用できないと思っていた

サラリーマン

大学生のとき、どうして「社会人は大変だ」「学生のうちに自由を満喫したらいいよ」と言われるのか不思議でしょうがなかった。

 

Webサイトの会社で1年弱やっていたインターンはすごく楽しくて、薬学部の勉強よりもWebマーケティングの勉強をしたり、実際にサイトを使ってみたり。テストのためじゃなくて勉強をして、実践して、って大学の勉強よりもずっとずっと楽しいと感じていました。

 

だから、早く社会人になりたくて、早く働きたいと思っていて。それなのに一部の人は「社会人は大変だ」「学生のうちに自由を満喫したらいいよ」と言ってくる。

 

そんな人の言葉に対して、心の中で「うるさいなぁ」と思い、「自分がつまらない仕事しかできないから言ってるんでしょ」と少し毒づいて、「そんな人の言葉は信用するに足りない」と思っていました。

 

でも、社会人として働き始めて、こんな風に言う人の気持ちが少し分かるようになって。きっとそう話す人たちは、社会人であることや、自分の役割に責任を感じすぎている人なんだって気づいたんです。

「社会人は大変だ」と言う人の、イヤな仕事に対する向き合い方

「社会人は大変だ」という大人は信用できないと思っていたときは、「社会人は大変だ」と言うのはつまらない仕事しかできていないからだと思っていました。

つまらない仕事しかできない、つまらない人が言うセリフなんだと。

だから、そんな人の言うことに耳を貸す必要はないって。

 

でもそうじゃない。

 

仕事は楽しいことだけじゃない。楽しさを感じる前にイヤなことはいくらでもあって。

例えば、気づかないふりをする人。気づいて避ける人、他のことで紛らわす人、なんとかしようとしてできない人、楽しさのために乗り越える人。

 

「社会人は大変だ」って言う人は、イヤなことに気づいている人。ちゃんとイヤなことに向き合おうとしている人。

 

この人たちは、楽しさだけを追い求めるような快楽主義ではないし、楽しさだけしか見ようとしないような子どもでもない。ただイヤなことを乗り越えた「楽しさ」より、イヤなことの比重が大きくなってしまっている。

「イヤなこと」の多くは自分で作り出している

「楽しさ<イヤなこと」となってしまう理由は、楽しさが少ないか、イヤなことが大きいか。

 

どれだけ楽しさを見出すかはすごく大事です。でも、社会人になって気づいたのが自分で「イヤなこと」を増やしている人が多いってこと。

本当に多い。

 

例えば、趣味に時間が使えなくて嘆いている人。

趣味に時間を使えばいいんです。誰も禁止してなんかいない。1日24時間、みんなが平等にあるなんてウソ。うまく時間を使ってやっと24時間になるんです。適当に時間を過ごしていたら1日は10時間くらいになっている。だから、1日を10時間から24時間に戻せばいい。

やりたいならやればいい。趣味に使う時間がないって思って、行動にブレーキをかけているのは他でもない自分で、「趣味に時間が使えない」ってイヤなことを自分で作っちゃてる。

 

例えば、周りに気を使いすぎて疲れちゃっている人。

気を使っているのは自分の意思。別に頼まれてないんです。不機嫌な人を見てつい気を使ってしまうなら、その人と同じ空間にいないようにすればいい。あなたがいなくても、その人の不機嫌はいつか収まるし、あなたがいてもその人はしばらく不機嫌なままなんです。気を使うことの影響ってそんなもんなんです。どっちでも一緒。

でも、必要なときもあって。そんなときに疲れ切って何もできないと困る人がいるかもしれない。だからそんなときのために体力を蓄えておいた方がいい。「気を使いすぎて疲れる」のも、イヤなことを自分で作り出しているんです。

 

こんな風に考える人は、社会人であることや、自分の役割に責任を強く感じている人。

楽しそうに仕事をする人は、肩に力が入りすぎていない

「働くって楽しいよ」って言う人はすごくイキイキしているように見えます。

 

楽しさ、自分のやりたいこと、自分ができることに真っ直ぐ。NOがきちんと言えるし、イヤなことを自分で作り出したりしない。芯を持って考えるから、余計なことに惑わされない。

 

責任感もあるけど、それにがんじがらめになっていない。

 

「社会人は大変だ」って言う人は、つまらない仕事しかできない人でも、信用できない人でもなくて、ただ責任感が強い人。それにがんじがらめになりすぎている人。

社会人になって、イヤなことがあったり、大変だって感じたり、大変だと言っている人を見て、違ったな〜と気づけたこと。みんな何かと戦って、その発露としてネガティブな発言が生まれていたんだってこと。